平成17年3月26日(土) 晴
日暮山・宮崎公園 1207m/ −

【 ル ー ト 】

 日暮山:(小平コース)地すべり工事箇所林道路側(11:18)→(9)林道第1指導標→(9)林道第2指導標→(5)林道終点第3指導標(山道始まり)→(4)鞍部第4指導標→(22)日暮山頂→(14)鞍部→(5)上ノ山鞍部→(10)林道第1及び2指導標中間部→(2)林道第1指導標→(7)地すべり工事箇所林道路側(12:55)

 歩行時間:1間27分、駐車場:林道路側3台程度(無料)WC有り、三角点:三等「日向山」、林道:かなり狭く出きれば通行したくない道

 宮崎公園と旧茂木家住宅(富岡市)
 宮崎公園明治20年(1879)宮崎の富豪 鈴木城作氏が、庭師の「庭鶴」に依頼し、主にツツジとモミジを中心に、各種銘木を収集植樹し、巨石の配置がなされ、現在の庭園の基礎を造りました。
 その後、昭和30年に富岡市に移管され、現在に至っています。総面積10,674平方メートル(3,229坪)全園にわたる地形の起伏や南面の断崖など変化に富む園内に、当時植えられた樹齢百数十年を超すものを含むツツジ、サクラ等の開花期は絶景で、現在なお往事の名残を止めています。
 園内には「しののめ堂」と呼ばれる六角堂があり、句会や茶会などが催され、文化活動の拠点として多くの市民に利用されています。
 旧茂木家住宅
昭和45年、国の重要文化財に指定され、昭和52年に宮崎公園に移設、保存修理のうえ一般に公開されました。  
 桁行15.152m、梁間7.576mの規模で、切妻造りの板葺石置屋根の民家であり、特徴は、板葺屋根であること、古代の堀立柱建物に通じる小屋組みで棟持柱が屋根まで達していること、梁等の横材は曲がりくねった細いものであること、さらに、柱材は手斧で多角形に仕上げられていること等があげられます。特に柱材の組み方は雄大で力強く中世の特徴を残しています。
 柱材に残された後世の墨書には戦国時代の大永7年(1527)の建築と記され、この所有者であった茂木家の先祖が、戦国時代に神農原にあった大山城の城主であったという古文書も伝えられています。さらに、この建物がもとあった神農原の茂木義夫氏宅の周囲には現在も土累の跡が確認できます。
 このようなことから、この茂木家住宅は大永7年に建築されたものと考えられ、現在残されている民家の中では我が国で最古のものです。
【 メ ン バ ー 】

単     独


 日暮山
  群馬百名山の日暮山は、高速上信道の日暮山トンネルで知られている山である。今回出かけるに当たり、『ミチサン』からいただいた2ルートの情報から、時間の短い「南軽井沢ルート」を取ることとした。R18号を長野方面に進み、松井田から旧18号をノンビリ車を走らせる。途中廃線となったJR信越線施設で近代土木遺産にもなっている「めがね橋(写真)」を通過する。徐々に高度を上げて行くと前々日の雪が路面に残って凍っている。
 碓氷峠を越えると長野県側は曇で天気が思わしくない。軽井沢の市街地に入り南側にある丸紅別荘地の登り口に向った。別荘地の入口には関係者以外の侵入お断りの看板があったが構わず進むと、真新しい登山者お断りの看板が建てられていた。群百に選ばれたことにより登山者の立ち入りが多くなったための措置と思われる。この看板を見てしまったので「南軽井沢ルート」は断念して引き返し、もう一つの「小平ルート」に向かうことにした。
 軽井沢から下仁田に抜ける県道43号に進む。道は雪の融けきらない和美峠をすぎると陽当たりも良く通行するのは問題がない。上信道の橋梁の下を通過しすると、下仁田周辺の奇峰が目に入ってくる。これから向かう「日暮山」と向かい合うように「御場山(写真)」が対峙している。ここから直ぐに林道入り口の小平集落に到着する。
 林道の入り口がはっきりせずウロウロしてしまうが、何とか見つかり林道に進入する。林道の入り口付近で、5〜6名ぐらいの団体が休憩していたので、情報収集する。彼らは、日暮山を登り下ってきた方で、簡易トイレのあるところまで車で入れることを教えていただいた。林道は非常に狭く、さらに現在補修工事を行っているところで、平日は通行しない方がよいかもしれない。(下仁田町に確認する方がよい)簡易トイレの所まで車で進み空き地に駐車する。
 この場所は、地すべり防止工事の作業基地(写真)であった。作業道はさらに先に進んでいるが、雪に覆われているので車を進入させる状況にはない。ここから歩き始めるが、今日は軽装なのでウエストポーチとペットボトル1本を持っての歩きである。作業道(写真)を進んでいくが、あちこち地すべり用の観測井・伸縮計及び集水井・排水路があり、かなり大きな地すべり地帯のようである。雪に足跡が付いていて安心な歩きができる。
 10分程度で第1の指導標が現れ、この当たりから日暮山(写真)が大きく見え、その存在を主張している。その後、2つ指導標が設置されていている。3つ目の指導標から本格的な山道の歩きになるが、雪でつぼ足状態での登りとなった。雑木林の中の歩きで、日暮山から上ノ山向う中間鞍部にでると、そこにも4つ目の指導標が設置されている。
 この鞍部からは、最後の急登(写真)で、積雪が薄く積もっているので滑り易く、立木に捕まりながら苦労して山頂に続く南端尾根(写真)に這い上がる。尾根の中間部が石祠のある山頂(写真)で、新しいのと古い2枚の山名板が取り付けられている。尾根の北端が切れ落ち見通しが良く、浅間山・軽井沢や東側(写真)から南側(写真)の山々が見通せていた。また、樹木の間から先週登った物見山(写真)もよく見えている。
 山頂で10分程度景色を楽しみ下った。鞍部まで来た道を滑らないよう注意して下る。鞍部からは、上ノ山方面へ真っ直ぐに進み上ノ山直下の鞍部にでる。ここから、杉林の中を作業道めがけ下ることになる。10分ぐらいで第2と1の指導標の間の作業道に飛び出した。ここから作業基地まで下り、この日の山歩きが終了となった。約1時間30分の歩きであった。

 宮崎公園
 インターネットで調べたところ、宮崎公園に乱獲でほとんど見ることの無くなった翁草が咲いているようなので立ち寄ることとした。車で移動し富岡市の宮崎公園に向かう。公園内を歩き探していると、花韮(写真)がまとまって咲いていて、スズランもいくらか混じっている。翁草は何処かなと探していると、ロープで囲っている区画があり、そこに翁草(写真)が可憐な花をひっそりと咲かせている。よく見ると点々と咲いるが、密集して咲いているわけでなく、気が付かない人がいてもおかしくない。また同公園内には、日本最古といわれる民家(写真)が移設され展示されている。掘っ建て小屋と骨組み住宅の中間の形態の民家で、戦国時代末期の建物らしい。


ル ー ト 上 の 風 景

めがね橋

御場山

地すべり

雪林道

ゝ譯劭隠傾
信越線めがね橋

御場山遠景

小平コースP
地すべり工事箇所

ち案の雪に
覆われた林道

日暮山

雪尾根

急登

日暮山頂 

ノ啼擦ら見上げる日暮山

雪に覆われた
山頂へ続く尾根上

Щ劃困悗竜淌

日暮山頂

大岩

物見山

???

翁草

日暮山から見る
大山と上信道

日暮山から見る
物見山

日暮山から見る
・・・・?

宮崎公園
日本翁草

花韮

茂木家

宮崎公園
トリテリア(花韮)

宮崎公園
旧茂木家住宅

満開の東国三つ葉
躑躅(2005.04.10)

芦Я陲亮鏤
(2005.04.10)


 オキナグサ(翁草)  キンポウゲ科 学名:Pulsatilla cernua 花期:春  春に花が咲いた後、長いひげを持つ種ができます。これを白髪頭に見立ててこのような名前がつきました。

 トリテリア  ユリ科 学名:Ipheion uniflorum 別名:ハナニラ(花韮) 花期:春  別名がハナニラ(花韮)であることからわかるように、鱗茎にはニラ(韮)と同じような臭いがあります。花は茎の先に一つだけつきます。たいていは白っぽくて若干青紫がかかっているのですが、青の強いものもあります。葉はニラよりは幅が広く厚いです。

***Botanical Garden から転載***


  

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